最初に蛋白分画異常が見つかったのがTクリニック。
S先生が血液検査の結果を見てちょっとおかしいと疑問をもってくれたことで、詳細な血液検査をしたら…。
「これは私の専門外ですので、紹介をします。」となり、同クリニックの別の階の血液内科へ。

外来診察日ではなかったのですが、すぐに対応をしてくれたのがY先生。
「今は何が何だかわからないと思うけれども、解るように話をしていきたいと思います。」と言われ、診断を確定するための検査が始まっていくのですが、この病院には血液内科の先生はY先生お一人だけ。

入院患者さんを診て、外来患者さんを診て。
昼も夜も気を抜けない状態の毎日であった先生は
「これ以上は受け入れられないので、ほかの病院を紹介しますから」と。

でもその時に、
「私は治療には自信があります。」とキッパリ。
「ただこの病院は環境が整っていない。この病気にはいろいろな治療方法があり、その選択肢が多い環境のあるほうが良い。」とおっしゃり、いろいろと病院探しも同時にしてくださっていました。

最初にO病院の名前が出たとき、
「この病気は長く付き合っていかなくてはいけないから、O病院の先生は良い先生だと思うけれど、人には相性もあるし、もし合わないと思ったら他の病院も紹介できるのでその時は言ってください」と。

結果としてこのO病院は候補にあがっただけで、その後いくつか病院の名前は出ながらも、現在通院しているS病院に紹介状を書いてくださることになったのです。

その時、
「私一人の判断なので、もしS病院の先生に”何でこんなことぐらいで来るんだ”と邪険にされたらすぐに戻って来てください」と。

Y先生にとっては普通の何気ない言葉であったかもしれませんが、私にはこれらの先生の自信に満ちた言葉や親身になって考えてくれている言葉がS病院で受け入れてもらえなくて、環境の整っていないと言われたT病院に戻ったとしてもいいかと思わせてくれる心に残るものとなっています。

たった一言でも、勇気づけられたりへこまされたり言葉って不思議なものですね。
他の人には特別なものにならない言葉なのに、自分には大切であったり。
同じ言葉でも受け取る側の精神状態で全然違ったものになってしまう。
心が弱っているときの言葉はどちらにしても大きく揺さぶられます。

不安な時に安心をくれる言葉を聞くと心強くさせてくれます。
大切なお守りになってくれています。

ちなみに、S病院のT先生には邪険にされるどころか、通院を始めて9年目になりました。
質問すればすぐに答えてくれて、話をきちんと聞いてくださる先生です。

分からないと不安は募るもの。
質問をして解消。のはずが…、
その時は分かったつもりになっていただけだったり、
新しい情報を入れるたびにところてん式に右から左へと押し出されてしまい、忘れてしまうのも早いこと早いこと。

希望の新薬のカタカナの連続は、ほとんど頭に入らずギブアップ状態。質問する以前の問題となっています。
名前はもちろんですが、使い方やつらい副作用、副作用の対処方法等、一目で分かる何かいい方法はないものでしょうか?

そうそう、
人から聞いた話ですが、「笑う」ことは不安を取り除いてくれるようですよ。
作り笑顔でも脳は楽しいと騙されてくれるそうです。
試してみる価値はありそうですね。

どんな時でも一日一回、笑顔を…

    🍃🍃🍃チャオ🍃🍃🍃